愛を育むことが地球を救う サードアイ朱雀

 中国の荘子は「気があつまればすなわち生、気が散ずればすなわち死」といっています。実際、気のエネルギーは子供に多く、年配の方は気のエネルギーが少なくなります。人間は様々なものから、無意識的に気のエネルギーを吸収しています。また、逆に無意識的に消耗・放出もします。

 気功では、外部から気を吸収し、自分の気の場に取り入れること採気と言い、また、気のエネルギーを採り入れて丹を練ること採薬と言います。気功には様々な種類がありますが、どれが正しくて、どれが間違いだということもありません。今回は、用語や種類の勉強は別の機会に置いておいていただきましょう。

  ところで、気という存在を認識し、気を集め・気を練り・気をコントロールすることは気功全般に共通しています。それは時には気功的な方法を用いる場合もあれば、ゆらし気功のように動作を行って気を操作する方法まで無数の種類があります。また、日々新しい形態も生み出され続けています。

 元々「気」の本質は、「意(意志)により無から有を生じ、そこに流れを生じさせるもの。」また、「気は森羅万象の源であり、その気の流れはエネルギーを生み、そのエネルギーは森羅万象を生かし、また変化をさせるものです。」この意に当たるものが、神(大宇宙の大生命)の意志と言われるものです。

  神を人格化していたのは人間です。しかし、実際は形があって形がないのが、神と言う存在なんです。気の大きな塊(かたまり)が神(大宇宙の大生命)です。 そして、その気を動かすものは本来は、神自身なのですが、その気の中にいる人間などの生き物が持つ気が集まって、意志が生まれて神そのものも動かしている場合もあります。

 少し複雑かも 知れませんが、気の中にいる気を持っている存在の一つに人間がいます。だから、人間の意(意志)次第では、神を育てるのも壊すのも可能になります。以前 に、私たちが気を動かせることにより、世の中を変えることもできると言ったのは同じ意味です。私たちの中に広義での愛が育てば、世の中が栄え、気の塊が大 きくなります。大きな気の塊は人間を含む多くの生物を入れる器ですので、全ての生物が栄えることになります。

 しかし、私たちを含む生物が愛ではなく、利己的な意識に囚われてしまったとしたら、気の塊はどんどん小さくなります。つまり器が小さくなる訳ですね。器が小さくなれば、その中で生息する生物を自然淘汰しなければならなくなるのです。自然災害が起こるのも神の意なのです。

 この世の中の全ての人(人だけではありませんが)が心に大きな愛を持ち育てる時に、神は多くの生物を育てはぐくむことできる大きな大きな器になることができます。だからこそ、人間一人ひとりの愛が大切になるのです。(出典)

 

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